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 悪魔な恋人


 バチバチバチっという摩擦音と共に、激しい閃光が部屋の中を駆け巡る。
 異なる空間と空間を繋げることで発生した反発し合う力は、部屋の空気を巻き上げ、風が唸りをあげる。それは行き場を求めるように室内を駆け巡り、机の上の書物を捲り上げ、乱雑に置かれた魔法具や実験器具を床へと落とした。
 パリンっという硬い音が響く中、どこか呆然とした声が聞こえた。
「………せ、いこう……した?」
 この荒れ狂う部屋の現状を作りあげた魔導士は、風から身を守るように床へと座り込んだまま、それ以上何を言うことなく、じっと目を凝らし光り輝く魔法陣を見据える。


《僕を呼び出したのは、お前か?》


 虚空より男の声が響いた。
 慌てて周囲を見渡すが、部屋の中には魔導士以外の姿はない。

 コツ……

 コツ……

 姿なき者が、石の床を踏みしめる音が響く。
 その音はゆっくりと己に向かい近付いてくるというのに、魔導士はその場から動くことは敵わなかった。

 コツ……

 無意識の内に、胸元のペンタクルを握り締める。

 …………

 音が……止まった?
 そう思った瞬間、絶世のというに相応しい美貌を兼ね備えた悪魔が、魔導士の目の前に佇んでいた。
 息を呑む魔導士。
 瞳が合わさった瞬間、背中に走ったのは歓喜か恐怖か。








   ******

 ガリガリと何かを削っているような音が響く室内。
 ゆらめくランプの光に、小さな影が揺れる。
「これで、どうかな……っと!」
 一心不乱に床に向けていた顔を上げたのは、十五……否、もう少し上だろう年齢の少女。
 床全面を使って描き上げた大きな魔法陣を見渡し、間違いがないことを確認すると、満足そうに笑う。
 実年齢より少しばかり幼く見えるものの、榛色の瞳はキラキラと輝き、少し汚れた頬さえも愛らしい。
「これさえあれば!」
 意気込んだ少女は、ぐっと拳を握り決意を表明する。
 そんな少女の後方にある椅子に陣取っていた黒猫は、チラリと魔法陣を見ると呟いた。
「魔力増幅用の石か」
 一瞬見ただけで理解できるほど簡単な魔法陣ではないはずだが、この黒猫に至ってはその常識は覆される。
 何故なら、この黒猫はただの猫ではないのだ。
「これさえあれば、ナルの力なんか借りなくても魔物退治できるんだから!」
「へぇ……」
 腰に手を当てて、胸を張る少女を、黒猫は馬鹿にしたように応える。
「余裕ぶっていられるのも今の内なんだからね!」
 ビシっと指を指し魔法陣に向かった少女を、黒猫が興味深い瞳で見ていたのを彼女は知る由もなかった。
「んぎゃぁぁぁぁっ!!」
 数分後。
 いつもの如く響いた悲鳴と破壊音に、黒猫は優雅に椅子から飛び降りた。
「毎回毎回、よくもまあ失敗できるものだな?」
「うううう煩い!」
 頭を抱え踞った少女の足下に歩み寄った黒猫は、溜め息と共に語りかける。
「で?」
「ううううう………た、助けてナル」
「了承した」
 失敗した魔法は、高度であればある程荒れ狂い、人の力では扱いきれぬ物と成り果てる。
 今が正にそうである。
 荒れ狂った魔法は止まることなく部屋の壁を破壊しに掛かっている。
 少女と黒猫で防御魔法を掛けてはいるが、このままでは破壊されるのも時間の問題だろう。
 長い葛藤の末に少女が絞り出した声は、情けなくも涙声であった。
 こんなはずじゃ・・・と呟くも、瞬く間に元の姿に戻った悪魔の力は甚大で、少女が何年修行したとしても追い付くことは叶わない。
 現に先ほどまで荒れ狂っていた力は、悪魔によって簡単に鎮められ、部屋は静寂を取り戻していた。
「さて……」
 ほっとしたのも束の間、向けられた漆黒の瞳に、少女は冷や汗を流す。
「ああありがとうね、ナル!あたし、ちょっと部屋の片付けを………うわっ!」
 慌てて立ち上がり、落ちた魔法具を片付けようと手を伸ばすも、数瞬早くその手を捕らえられる。
「僕から逃げようなんて、いい度胸してるじゃないか」
「べべべべつににげるつもりなんて・・・」
 引き寄せられ、その胸に抱き止められた少女は、言葉を詰まらせる。
「ない・・・とでも?」
 言葉尻を奪われ、更には顎を捕らえて目を合わせられる。



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